「1964年のジャイアント馬場」という本の紹介です

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著者は柳澤健さんです。
普通の文庫本の3冊分はあるのでは?
なんていうぐらい分厚く、文章量は膨大ですが、
非常に面白く、ぐいぐいと引き込まれ、
あっという間に読破いたしました。

「1964年のジャイアント馬場」というタイトルですが、
この時の馬場さんは26歳です。
表紙の写真の頃ですかね?非常に精悍でカッコいいですね。

私なんかの世代だと、物心ついた時というのは
馬場さんよりも猪木さんでした。
私が小学生の頃は馬場さんも40歳半ばです。
どう見ても強そうに見えません。
猪木さんが30後半ぐらいかな?
正直、猪木さんも全盛期は過ぎてますが、
子供の目には、猪木さんの新日本プロレスのほうが
圧倒的に刺激的でした。

巨人症ゆえに、成長ホルモンが過剰に分泌されるので
その分、老化が進むのが非常に早かったといわれています。
馬場さんは30歳を過ぎたあたりから急速に身体が衰えてきました。
ですから、私の世代含めて多くの方は、馬場さんといえば
物凄い大男だけど手足は細く、胸板は薄く、動きがスローモーであり、
レスラーではなくユーモラスなプロレス団体の社長、
というように認識しています。
クイズ番組とかでも馴染みがありましたね。逸見政孝さんが司会の。

そんな馬場さんですが、1964年の20代の頃の
馬場さんというのがどれだけ凄かったのか、という事は本を読んで
よくわかったというか、ある意味驚きました。
もともと巨人軍のピツチャーだったわけだから、スポーツは
何をやらせても優秀な、いわゆるトップアスリートだったんです。
あの巨体で足も物凄く速い。何よりも世界で最も難しいスポーツであり、
その中でも最も高い運動神経が求められるピッチャーをやってて
プロになった人なんです。それもジャイアンツなんですよ。
相撲やっても柔道やっても強く、それでいて卓球なんかやっても
強かったそうです。とにかく万能選手です。
それでいて争いごとを好まない優しい性格であり、
絵画が趣味だったりします。

馬場さんの凄さは、日本よりもむしろアメリカのほうが
わかりやすいかもしれません。
あの巨大なマーケットで、悪役としてトップを張ったレスラー
なんです。馬場さんほどアメリカで成功したレスラーは
いませんでした。信じられないぐらいの大金も稼いでいます。
私なんかの世代でアメリカのマットで成功した
日本人といえば、グレートカブキ、グレートムタですが
それらの比ではありません。桁違いの大金を
アメリカで稼いでいたんです、馬場さんは。

世界中からトップレスラーが集結するアメリカのマットで
戦ってきた経験が、その後の全日本プロレスというか
馬場さんのプロレス観にもなりました。
とにかく客を呼べるレスラーこそが一流であり、
強さなんて二の次、三の次です。
勝っても負けても、客をよべる事。見に来たお客さんが
満足する試合が出来れば、それで十分という事です。
だから海外から呼ぶレスラーは全日本は一流揃いでした。
どうしても二流、三流しか呼べなかった猪木さんの新日本プロレスが
「強さ」のほうに舵を取らざるを得なかった事は
想像がつきますね。

その後、ジャンボ鶴田さんや天龍さんから、その下の三沢さんや
川田さんの時代になり、全日本の四天王プロレスは
世界で最も過激なプロレスとよばれるようになりました。
海外の一流クラスのレスラーたちも、こぞって驚いたそうです。
こんな無茶なレベルを維持しつつ興行するなんて。

その後、馬場さんは亡くなり、全日本プロレスは分裂し、
三沢さんを中心として多くの選手たちは新しい団体を
設立しました。
そんな三沢さんも試合中の事故で亡くなっています。
(アクシデントではなく長年のダメージ蓄積が原因)

なんか、その後の迷走というかドタバタを一切見ず
亡くなった事が馬場さんにとっては幸せだったのかもしれないな?
なんて思いますね。

この本は、もちろんジャイアント馬場さん寄りに
書かれてる本ですが、決してライバルである猪木さんを
見下したような記述もなく、馬場さんに寄り添いつつも
客観的に書かれています。
もちろん、馬場さんの至らなかった部分も正確に記されています。
レスラーとして、とうの昔から限界にきてるのに、
エースの座をジャンボに譲らなかった事、譲ったにしても
遅すぎた事などがそうです。
また、どうしても外国の一流レスラーを厚遇する傾向にあり、
観客が見たい日本人対決(例えば鶴田VS天龍など)に対し、
「そんなの面白いか?」という考えだったそうです。
ただ、自分の考えが今の観客に受け入れられず、外部からの
ブレーンの意見も積極的に取り入れはじめた頃から
全日本プロレスが大きく盛り返すようになりました。
ただ、その事が終息を早めてしまったともいえますが。

それにしても面白い本でした。
レスラーとしてもプロモーターとしても
超一流であり、一人の人間としても立派な人であった
ジャイアント馬場さん。
あらためてファンになってしまいました。

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この記事へのコメント

2020年04月04日 07:21
海さん、熱い文章ありがとうございます!

ご存じの通り?、私はずっと「全日派」であり、「馬場派」です(笑)けど、アメリカで成功したという意味では、海さんご贔屓の武藤にも共通しますね。武藤選手も体が大きいし、馬場さん好みだっただろうなと思います。正確的に合わなかった可能性はありますが(笑)

会場の売店で使い捨てカメラを買うと一緒に写真を撮ってくれたのですが、その写真は宝物として、ずっとシステム手帳に保存してあります。亡くなった時には献花にも行きましたよ。

もちろんこの本も読みました。この著者の本はすごく細かく調べて書かれていますよね。ぜひ栃内良さんの馬場さん本も読んでみてください!
2020年04月04日 09:30
ラルさん、どうもです。
こちらこそ、熱いコメントありがとうございます!
この記事書きながら、ラルさんが読まれる事を
何度か想像しました(笑)

それにしても馬場さんとの写真、宝物ですね!
あのような、稀な方(生きてるお釈迦様?)
ですからね。冗談でもなんでもなく、生き神様というか
たくさん人間がいれば、何人かは、あのような方が
産まれるんだな、なんて思います。

武藤選手はその後に全日の社長になったりしましたが、
当時の馬場さんの下でプロレスする姿は
やはり想像つかないですね。
もともと団体抗争(内も外も)とか似合わない人ですから
アメリカのマットが一番肌に合うように思います。

ご紹介されてる著者の方の本、早速チェックしてみます!
2020年04月04日 12:59
馬場さんはスポーツ万能選手だったんですね。確かに考えてみれば、最盛期以降のドロップキック(32文ロケットキック)は相当な運動神経がないとできない離れ業ですね。
昨年だったか今年のはじめだったか、札幌市内でジャイアント馬場展がありましたが、そこで感じた馬場さんの偉業を改めて思い出しました。

ラルさんのコメントにある「生き神様」という表現ですが、人間は大きな身体に対してそういう想いを抱くことがあるようです。元横綱(奇しくも馬場さんのもとでプロレスもしていた)輪島が地方巡業に行った際、老人たちが涙を流してありがたがった、と酒井順子さんが書いていた、と思います(曖昧)。

2020年04月04日 16:57
出ちゃっ太さん、どうもです。

あの巨体でドロップキックですからね。
若いころの資料を見ると、打点が高く
キレイに足が伸びてて、着地時の
受け身もしっかりされており、
高い運動神経であった事がわかりますね。

元横綱の輪島さん、懐かしいですね!
プロレス転向時の初試合をテレビ中継で
観た事を、はっきり記憶してます。
まあ、転向せざるを得ない事情がいろいろ
あったのは、当時中学生の私には
ほとんど分からなかったけど、年齢が高いのに
再出発して一生懸命頑張る輪島さんの姿には
良い印象を持ってます。
一部では陰口もあったと思うけど、多くのファンは
好意的にむかえたように思いますね。
いや~懐かしいです!(笑)